東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)49号 判決 1992年2月26日
東京都千代田区霞が関三丁目二番五号
原告
三井石油化学工業株式会社
右代表者代表取締役
竹林省吾
右訴訟代理人弁理士
鈴木郁男
庄子幸男
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 深沢亘
右指定代理人
田中〓治
加藤公清
後藤晴男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた判決
一 原告
1 特許庁が、昭和五八年審判第二三二三一号事件について、昭和六三年一月二〇日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
訴外東レ株式会社は、名称を「熱可塑性ポリエステル樹脂からなる中空成形体の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和五一年一月九日特許出願をしたところ、昭和五八年九月二日に拒絶査定を受けたので、同年一一月二四日、これに対し審判の請求をした。原告は右訴外会社から本願発明について特許を受ける権利を昭和五九年二月三日譲受け、同日その旨被告に届出て、右権利を承継した。
特許庁は、同請求を昭和五八年審判第二三二三一号事件として審理し、昭和六一年八月二二日に出願公告をした(特公昭六一-三七〇九一号)が、さらに審理の上、昭和六三年一月二〇日、「本件審判の請求は、直り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年二月二四日、原告に送達された。
二 本願発明の要旨
テレフタル酸を主たる酸成分とし、エチレングリコールを主たるジオール成分としてなる主たるくりかえし単位がエチレンテレフタレートである熱可塑性ポリエステル樹脂を溶融して中空成形体を成形するにあたり、熱可塑性ポリエステル樹脂を水分率〇・〇三%以下に乾燥処理し、乾燥後、成形機に投入するまでの間、(該熱可塑性ポリエステル樹脂の融点マイナス五〇℃)以下の温度、かつ一〇〇℃以上の温度に保持することを特徴とする熱可塑性ポリエステル樹脂からなる中空成形体の製造方法。
三 審決の理由の要点
1 本願の出願日は一項のとおり、本願発明の要旨は二項のとおりである。
2 これに対して、審判手続において昭和六二年八月六日付で通知した拒絶理由に引用した特開昭四七-四五九一号公報(以下「第一引用例」という。)には、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート)から射出吹込成形方法で中空体を製造するに当り、真空下約一二〇℃で水分含有量〇・〇一重量%以下に乾燥させたポリエチレンテレフタレートを射出吹込機に仕込むことが記載されている。
同じく、戸正二監修「射出成形」(一九七〇、ブラスチツク・エージ)一〇六頁(以下「第二引用例」という。)には、射出成形に使用される材料は、吸湿した材料での成形は外観上の不良や樹脂の分解による強度低下を生じさせたりし、ホツパドライヤは簡単な乾燥で済むような樹脂の乾燥、オーブンで乾燥した樹脂の防湿、保温などに使用され、含水率を非常に小さな値にしなければならない樹脂の乾燥は、オーブンによらなければならないが、一般には、乾燥不要と思われている材料でも、多少でも水分の影響が製品にでそうなものには、ホツパドライヤを使用することが望ましく、これにより製品の品質を安定させるとともに、成形条件を一定に保つことができることが、同じく、特公昭四三-五一九三号公報(以下「第三引用例」という。)には、水分率〇・〇二%以下の乾燥されたポリエステル重合体を溶融紡糸するに際して、該重合体をホツパから紡糸装置の溶融部に至るまで、未溶融ポリエステル重合体が吸湿および酸素の吸着をおこすのを皆無とするために、ホツパで加熱し該重合体を一〇〇℃以上であつて該重合体の融点より一〇℃低い温度に保ち、かつ乾燥不活性ガスを通気するポリエステル繊糸の紡糸方法、及びこれにより吸湿能力を増大し、わずかの外気との接触などで吸湿を起す乾燥ポリエステルが吸湿し重合度を低下、すなわち劣化させないで溶融紡糸できることが、それぞれ記載されている。
なお、本願発明にいう熱可塑性ポリエステル樹脂は、以下において単に「熱可塑性ポリエステル樹脂」と略称する。
3 まず、本願発明と第一引用例の前記技術内容とを対比すると、両者は熱可塑性ポリエステル樹脂を溶融して中空成形体を成形するにあたり、熱可塑性ポリエステル樹脂を水分率〇・〇三以下に乾燥処理し、成形機に投入する点で一致し、その乾燥後成形機に投入するまでの間、本願発明では(該熱可塑性ポリエステル樹脂の融点マイナス五〇℃)以下の温度、かつ一〇〇℃以上の温度に保持するのに対し、第一引用例ではかかる温度保持について具体的に記載されていない点で相違するものと認められる。
4 そこで、前記相違点について検討する。
(一) 本願発明における前記温度保持についての具体的手段として、本願明細書の各実施例の記載によれば、ポリエチレンテレフタレートなどの熱可塑性ポリエステル樹脂を乾燥後直ちに成形機のホツパードライヤーに投入することが示されている。
ところで、従来ホツパードライヤーについて、第二引用例の記載を待つまでもなく、吸湿したまま溶融成形すると樹脂分解などが起き成形品の物性に好ましくない影響をもたらすことから、乾燥した樹脂成形材料を溶融成形するまでの間加熱保温し防湿乾燥維持するために成形機に設けることは、ごく普通に知られたことである。実際、熱可塑性ポリエステル樹脂の溶融紡糸について、溶融紡糸時に重合度が低下し劣化するのを防止すべく成形機にホツパードライヤーが取り付けられ、乾燥後の前記樹脂を加熱保温し防湿乾燥維持することが、第三引用例の記載からして既知であり、この溶融紡糸は溶融成形に属するものである。
してみると、第一引用例に記載の成形機に投入する前、乾燥後の熱可塑性ポリエステル樹脂につき吸湿されないよう乾燥維持すべく成形機にホツパードライヤーを設け加熱保温することは、むしろ当然のことであり、換言すると、本願発明において、温度保持なる技術構成を採択することは、格別発明力を要することではない。
(二) また、本願発明において、前記温度保持の温度を、(該熱可塑性ポリエステル樹脂の融点マイナス五〇℃)以下の温度、かつ一〇〇℃以上と規定している点についても、第三引用例に加熱保温の温度を一〇〇℃以上、樹脂の融点より一〇℃低い旨記載されていることからして、何等特異性がなく、実験的に適宜求められる程度のものといえる。
(三) 本願発明の効果も、第二引用例及び第三引用例の記載から予測し得る程度のものであつて、格別なものとすることはできない。
(四) 一方、請求人(原告)は、本願明細書の比較実施例1は、一旦冷却されたポリエチレンテレフタレートの成形品に対する影響を示したもので、実施例1と同様にポリエチレンテレフタレートの水分率を〇・〇一%まで乾燥したのち、このポリエチレンテレフタレートの水分率〇・〇一%を保つたまま一旦常温まで下げたものは、一五〇℃のホツパードライヤーで予熱した後に成形しても、製品の歩留まりは五三%にしか達しないことを示しているが、実施例1に示される本願発明の成形条件に従つて成形したものの歩留まりは、最低でも八五%を示しており、その顕著な差異が理解され、この事実は、乾燥後のポリエチレンテレフタレートを成形機に供給するに際しては、乾燥後も連続的に加熱保温した状態で行わなければ、たとえ、水分率が〇・〇三%以下に保持されていても、前記諸特性を備えた満足すべきポリエチレンテレフタレートの中空体は得られないことを示すものである旨主張している。
しかしながら、本願明細書の比較実施例1の記載をみると、水分率〇・〇一%に乾燥し密封容器に入れたポリエチレンテレフタレートを一旦常温まで下げたのち、一五〇℃のホツパードライヤーに投入する間、ポリエチレンテレフタレートは一時的にせよ常温で外気にさらされ、第三引用例にも記載されているように、極めて吸湿され易い状態に置かれるものであり、このような状態を積極的に避けるべき具体的手段が明示されていない以上、製品の歩留まり五三%という劣化の原因が、乾燥後のポリエチレンテレフタレートが、一旦常温まで下げられたことにより吸湿した結果にあると解さざるを得なく、いずれにしても、本願発明において、前述のとおり、温度保持なる技術構成を採択することは、格別発明力を要することではない、と判断したが、この加熱保温が乾燥後も連続的に加熱保温した状態を意味することはいうまでもないので、請求人(原告)の前述の主張は理由がないものという他はない。
5 以上説示のとおり、本願発明は、第一引用例から第三引用例までの記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、第二引用例及び第三引用例の記載事項の解釈、認定並びに周知事実の認定を誤り、本願発明の熱可塑性ポリエステル樹脂(以下「PET」ともいう。)を乾燥後、成形までの間、冷却することなく一定温度に保持するという構成を誤認看過して、右構成を採択することは格別発明力を要するものではないと判断を誤り(認定判断の誤り第1点)、第三引用例の記載事項の解釈、認定を誤り、本願発明の温度保持のための温度範囲が、第三引用例の記載から実験的に求められるものであると判断を誤り(認定判断の誤り第2点)、本願発明の効果が第二引用例及び第三引用例の記載から予測し得ると判断を誤つた(認定判断の誤り第3点)結果、本願発明は、算一引用例ないし第三引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると誤つた結論に至つた違法があるから、取り消されなくてはならない。
なお、前記三(本件審決の理由の要点)の1ないし3の認定判断、同4(一)の認定判断中、本願発明における前記温度保持についての具体的手段として、本願明細書の各実施例の記載によれは、ポリエチレンテレフタレートなどの熱可塑性ポリエステル樹脂を乾燥後直ちに成形機のホツパードライヤーに投入することが示されていること、従来ホツパードライヤーについて、第二引用例の記載を待つまでもなく、吸湿したまま溶融成形すると樹脂分解などが起き成形品の物性に好ましくない影響をもたらすことから、乾燥した樹脂成形材料を溶融成形するまでの間加熱保温し防湿乾燥維持するために成形機に設けることは、ごく普通に知られたことであること、同4(四)の認定判断中、本件審決認定のとおり原告が主張していることは、いずれも認める。
1 認定判断の誤り第1点
(一) 本願発明は、PETを溶融して中空成形体を成形するに当たり、水分率を〇・〇三%以下に乾燥したPETを「乾燥後、成形機に投入するまでの間、PETの融点マイナス五〇℃以下で、かつ一〇〇℃以上の温度に保持する」点に重大な技術的特徴を有する発明である。
即ち、本願発明は、乾燥後のPETを成形機に投入する間、PETを引続き上記特定の温度で加熱保温を継続して中空成形体を製造することによつて、成形品の重量のばらつきを少なくし、成形時のドローダウンやピンチオフ部の白濁を防止し、かつ、ウエルド成形性に優れた中空成形体を得ることが可能になり、しかも、得られた成形品は、優れた衝撃強度を示し、かつ、この成形品のスクラツプは、これをバージンチツプに対して三〇重量%もの高い割合で配合しても、成形状態、容器特性ともに、バージンチツプのみの場合とほとんど変わらない(本願明細書実施例5)という、本出願前に知られていなかつた新たな知見に基づいてなされたものである。
これに対して、乾燥後のPETを密封容器に封入して、吸湿しない状態で温度だけを常温まで下げた後に、一五〇℃に加熱されているホツパードライヤーに投入して成形したものは、製品の歩留りが低下してしまうのである(本願比較実施例1)。
つまり、PETの中空成形品を成形する際の成形性不良の原因が、単に原料の吸湿にのみあるのではなく、乾燥後のPETを、成形機に供給するまでの間に、一旦冷却されると、たとえ、原料が吸湿していなくとも、成形性不良の原因になるという全く新たな知見をもとに完成されたのが本願発明である。
(二) これに対し、本件審決が、本願発明において温度保持なる技術構成の採用に格別の発明力を要しないと認定したのは、乾燥した樹脂成形材料を溶液成形するまでの間冷却することなしに加熱保温することが、第二引用例、第三引用例及びその他の周知事実から極く普通に知られたことであるとの前提に基づくものであるが、この前提自体次のとおり譲つている。
(三) 第二引用例には、ホツパードライヤーの一般的な機能について解説されており、「ホツパードライヤーはかんたんな乾燥で済むような樹脂の乾燥か、オーブンで乾燥した樹脂の防湿、保温あるいは髙融点樹脂の予備加熱などに使用される。」と記載されているが、乾燥した樹脂成形材料を、乾燥後成形機に投入するまでの間、冷却することなく、連続して特定の温度に保持し続けることについては何等記載も示唆もされていない。第二引用例には、なるほど保温なる文言も認められるが、この保温とは本件審決も指摘している通り、防湿乾燥維持のための保温であり、オーブンで乾燥された樹脂のオーブン払い出しからホツパードライヤー投入までの温度履歴については何ら言及されていないのである。
(四) 第三引用例記載の技術は、PETを溶融紡糸するに際して、水分率〇・〇二%以下に乾燥したPETをホツパーに供給し、ついで、溶融押出装置に至る間のPETを、一〇〇℃以上、PETの弱点より一〇℃低い温度に保持し、かつ紡糸装置の溶融部に向つて、乾燥された不活性気体を、PET一当たり四cc/分以上通気することを特徴とするPET繊糸の紡糸方法である。この方法によれば、溶融時に加水分解反応にあずからなかつた水分や、外気との接触によつて吸収された水分を、一〇〇℃以上に昇温されて、しかも、乾燥された不活性気体を通気することによつて系外に放出し、常に一定の重合度で、かつきわめて重合度低下の少ない未延伸糸を得ることを可能ならしめるものであることが明示されている(第三引用例一頁右欄三五行から四二行まで)。
この点について、第三引用例の第1図を参照しながら詳細に説明する。
乾燥されたPETは供給口12からホツパー4に供給される。これに先立つて、ホツパー内は乾燥された常温の窒素ガス(不活性気体)によつて置換され(第三引用例二頁三四行から三九行まで)、前記乾燥されたPETが供給されるのである。ホツパー内に供給されたPETは自重によつて落下し、スクリユー7によつて溶融紡糸装置11に導かれて溶融し、口金9を通つて未延伸糸となる。この第三引用例の溶融紡糸法において重要なことは、一〇〇℃以上、PETの融点より一〇℃低い温度に加熱するのはどの時点であるかということである。第三引用例には、「ホツパーより溶融押出装置に至る間」の重合体を前記特定の温度に加熱することを規定しているのである。「ホツパーより溶融押出装置に至る間」とは、第1図において、ホツパー下部から溶融押出装置に連結された狭い通路を指すものであることは第三引用例の記載を仔細に検討すれば容易に理解しうることである。
即ち、ホツパー上部から常時供給される窒素ガス(不活性気体)は、昇温されたものでもよいが、常温のものでもよいことが明記されており(第三引用例二頁左欄二七行から三一行まで)、この場合、ホツパー上部に位置する乾燥されたPETは、常温で吹込まれる不活性気体に曝されることになり、到底前記特定の温度に加熱される状態になりえないことは明らかである。しかも、乾燥したPETをホツパーに供給する直前には、前述のとおり、常温の不活性気体でホツパー内を置換しておくという記載を併せ考えれば、第三引用例における特定の温度条件に賦する時点は、少なくとも、ホツパー供給時でないことは明らかであり、さらに、常温の不活性気体を供給し続けるという技術的手段を勘案すれば、ホツパーの側壁がヒーター13によつて加熱された熱媒3によつて加熱されたとしても、ホツパー内のPET全体を前記特定の温度に加熱されうるとすることは、技術的に合理性がなく、結局、第三引用例における特定の温度での加熱はホツパー下部から溶融押出装置に連結された狭い通路での加熱を指すものと解するのが相当である。
換言すれば、第三引用例における加熱とは、乾燥後のPETを成形機に投入する際も引続き加熱することを意味するものではなく、乾燥後に吸収された水分を系外に放出するために、ホツパー下部から溶融押出装置に至る間、つまり、溶融する前のPET(このPETがホツパー供給後、一旦冷却されうる条件下にあることは前述したとおりである)を特定の温度に加熱することを意味し、しかも、同時に乾燥された不活性気体を通気することによつて、吸収された水分を系外に放出することを目的としているのである。
このように、本件審決が、第二引用例に記載されたホツパードライヤーの具体的な使用例として示した第三引用例には、水分率〇・〇二%以下に乾燥されたPETを溶融紡糸するに際して、PETを紡糸装置の溶融部に至るまで、特定の温度に保持するとともに乾燥された不活性ガスを通気することにより、外気との接触によつて吸収された水分を系外に放出することが記載されているにすぎない。
(五) 本件審決が指摘する周知事実とは、ホツパードライヤーを成形機に設けて、乾燥した樹脂材料を溶融成形するまでの間加熱保温し、防湿乾燥維持することと解されるが、この周知事実に言う加熱保温とは、乾燥された樹脂材料がホツパードライヤーに投入された後での加熱保温であつて、乾燥した樹脂成形材料を乾燥後から溶融成形するまでの間冷却することなしに加熱保温することに決して周知の事実ではない。
(六) したがつて、本願発明と第三引用例記載の事項は、原料のPETを乾燥して成形に供するという点で軌を一にするにとどまり、PETを乾燥後、成形までの間、冷却することなく一定温度に保持するという本願発明の特徴は、第二引用例、及び第三引用例のいずれにも全く示唆すらされていない新たな技術的事項であるのも拘らず、本願発明における温度保持なる技術構成を採択することが、格別発明力を要するものではないと判断した本件審決は、第二引用例及び第三引用例に記載された技術を誤つて解釈し、本願発明の右構成並びにそれに伴なう効果を看過した結果なされたものであり、誤りである。
2 認定判断の誤り第2点
第三引用例に記載された、「一〇〇℃以上、PETの融点より一〇℃低い温度」とは、ホツパーに供給されたPET中に吸収されている水分を系外に放出させるために、乾燥した不活性気体を通気させながら加熱する温度、すなわち、右1(四)のとおり、ホツパーから溶融押出装置に至る間の加熱条件を意味するもので、ホツパーの原料供給部の温度を指すものではない。
これに対して、本願発明は、乾燥機のPETを成形機、つまり、ホツパーに供給する時点での加熱条件を意味するもので、その目的も、乾燥後のPETを一時たりとも冷却することなく保温することにあり、第三引用例記載の技術の目的である、乾燥後に吸収した水分を放出するためのものとは全く相違する。
したがつて、第三引用例に記載された前紀温度範囲は、本願発明に規定する温度範囲とは無関係であり、この点で本件審決の、本願発明における「温度保持のための温度範囲が、第三引用例の記載から実験的に求められるものである」との判断は誤りである。
3 認定判断の誤り第3点
(一) 本件審決は、「本願発明の効果が、第二引用例及び第三引用例の記載から予測し得る」と認定するが、右認定の根拠をなにも示しておらず、全く不当なものである。
第二引用例及び第三引用例には、本願発明において、乾燥後のPETを成形機に投入する間、特定の温度で加熱保温を継続するという手段を採用することによる特有の作用効果、即ち中空成形体の重量のばらつきを少なくし、成形時のドローダウンやピンチオフ部の白濁を防止し、ウエルド成形性に優れた中空成形体を高い製品歩留りで製造することを可能にするという本願発明の作用効果については何等記載も示唆もされていない。
第二引用例には、本件出願前周知のホツパードライヤーの一般的な機能が説明してあるだけであつて、本願発明の技術的特徴である、乾燥した樹脂成形材料を冷却することなく、連続的に特定の温度に加熱を継続することについて教示する記載は皆無である。また、第三引用例には、前記のとおり、PETの溶融紡糸における劣化を防ぎ、均一性の優れた未延伸糸を得ることが記載されているだけで、本願発明の前記優れた効果を予測し得る記載は、何もなされていない。そもそも、発明の効果とは、発明の構成に基づいて導かれるものであるところ、前述の如く、構成が全く相違する各引用例の記載から本願発明の効果が予測されるはずもないのである。
(二) 本件審決は、本願明細書に記載された比較実施例1の記載を正しく理解せず、比較実施例1における、製品の歩留り五三%という劣化の起因が、乾燥後のPETが、一旦常温まで下けられたことにより、吸湿した結果にあると事実を誤認し、それに基づいて、本願発明において、「乾燥した樹脂成形材料を成形機に投入するまでの間、前記特定の温度で加熱保温を継続すること」の意義を否定している。
比較実施例1は、前記のとおり乾燥されたPETが、その乾燥状態を保持したまま、成形機に供給されるまでの間に、一旦冷却された場合の影響を示したもので、実施例1と同様にPETの水分率を〇・〇一%まで乾燥し、この乾燥樹脂の温度を密封容器に入れて一旦常温まで下げた後、一五〇℃のホツパードライヤーに投入して押出成形に供したものは、製品の歩留りが五三%にしか達しないことを示している。
本件審決は、前記比較実施例1における、一旦、常温まで下げたPETを、一五〇℃のホツパードライヤーに投入する工程において、吸湿を積極的に避けるべき具体的手段が明示されていないから、製品の歩留り五三%という原因が、ホツパー投入の際、PETが外気にさらされ吸湿した結果にあると判断している。
しかしながら、右判断は、本願明細書の記載事実を何らの根拠もなく歪曲してなされた一方的なもので到底首肯しうるものではない。
なぜならは、本件審決は、まず第一に、比較実施例1が本願発明においていかなる意味をもつかを全く理解しようとしていない。比較実施例1は、乾燥後のPETの水分率をそのままに、PETの温度のみを一〇〇℃以下に下げた場合の、成形品に及ぼす影響を示すためのものである。
PETに限らず、一般に合成樹脂の粉末は、乾燥後に外気に曝されると急速に吸湿してしまうことは当業界における常識である。したがつて、比較実施例1において、わざわざ密封容器を用いて、乾燥後のPETの水分率をそのままに、温度のみを下げたということは、それを開封する際にも、当然、外気との接触により吸湿するような手段は避けて行われているものと解するのが当業者の常識である。
ちなみに、密封容器から成形機にPETを投入する際に、吸湿を伴なわずに行う方法は、例えば、ホツパーの投入部に、密封容器を逆転した状態で載置し開封するなど、当業者が任意の方法で実施しうるものである。そして、この開封の際、一五〇℃に加熱されたホツパーの投入部は、一五〇℃よりはやゝ低いとしても、かなりの高温になつていることは自明のことであり、この状態でPETをホツパーに投入したことを示す比較実施例1の記載を、「PETが常温まで下げられた結果吸湿した」と判断したことは、本願明細書の記載事実を歪曲し、かつ、技術常識を無視した極めて不自然なものというほかはなく、到底首肯しうるものではない。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認め、同四中後記認める部分以外は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。
二 認定判断の誤り第1点について
1 請求の原因四1(一)中、「PETの中空成形品を成形する際の成形性不良の原因が、単に原料の吸湿にのみあるのではなく、乾燥後のPETを、成形機に供給するまでの間に、一旦冷却されると、たとえ、原料が吸湿していなくとも、成形性不良の原因になるという全く新たな知見をもとに完成されたのが本願発明である。」との点を除く部分は認める。
請求の原因四1(二)中、「本件審決の前提自体が誤つている。」との点を除く部分は認める。
請求の原因四1(三)中、「第二引用例には、ホツパードライヤーの一般的な機能について解説されており、「ホツパードライヤーはかんたんな乾燥で済むような樹脂の乾燥か、オーブンで乾燥した樹脂の防湿、保温あるいは高融点樹脂の予備加熱などに使用される。」と記載されている。」との部分は認める。
請求の原因四1(四)中、第三引用例記載の技術が、原告主張の特徴を有するPET繊糸の紡糸方法であること、この方法によれば、溶融時に加水分解反応にあずからなかつた水分や、外気との接触によつて吸収された水分を、一〇〇℃以上に昇温されて、しかも、乾燥された不活性気体を通気することによつて系外に放出し、常に一定の重合度で、かつきわめて重合度低下の少ない未延伸糸を得ることを可能ならしめるものであることが明示されていること、この点について、第三引用例の第1図を参照しながら説明すると、乾燥されたPETは供給口12からホツパー4に供給されること、これに先立つて、ホツパー内は乾燥された常温の室素ガス(不活性気体)によつて置換され、前記乾燥されたPETが供給されること、ホツパー内に供給されたPETは自重によつて落下し、スクリユー7によつて溶融紡糸装置11に導かれて溶融し、口金9を通つて未廷伸糸となること、この第三引用例の溶融紡糸法において重要なことは、一〇〇℃以上、PETの融点より一〇℃低い温度に加熱するのはどの時点であるかということであつて、第三引用例には、「ホツパーより溶融押出装置に至る間」の重合体を前記特定の温度に加熱することを幾定していることは認める。
請求の原因四1(五)中、本件審決が指摘する周知事実とは、ホツパードライヤーを成形機に設けて、乾燥した樹脂材料を溶融成形するまでの間加熱保温し、防湿乾燥維持することと解されることは認める。
2 本件審決において、「本件発明において、温度保持なる技術構成を採択することは、格別発明力を要することではない。」(前記三4(一)参照)と判断するに当たり、第二引用例の記載事項、極く普通に知られたこと及び第三引用例の記載事項を引用した前提は、「本願発明における前記温度保持についての具体的手段として、本願明細書の各実施例の記載によれば、ポリエチレンテレフタレートなどの熱可塑性ポリエステル樹脂を乾燥後直ちに成形機のホツパードライヤーに投入することが示されている。」(前記三4(一)参照)ということにある。
そこで、右前提事項を本願明細書の記載、特に実施例の記載に基づき説明する。
本願明細書には、本願発明においてPETを乾燥後、成形機に投入するまでの間特定の温度に保持する具体的手段について、例えば実施例2及び3では、乾燥した樹脂を直ちに成形機に直結した各種の温度に保持されたホツパードライヤーに投入すること、そのホツパードライヤーの特定の温度が本願発明にいう温度保持の特定温度であることが記載されており、該ホツパードライヤーは、樹脂を乾燥してから成形機に投入する間のその成形機の一部としてではなく、あくまでも樹脂を乾燥後、成形機に投入するまでの間を特定の湿度に保持する手段として用いられている。このことは、また、実施例2の樹脂を乾燥し、密封容器に常温になるまで保管後、ホツパードライヤーを用いず常温で成形機に投入する例(比較例)の記載によつても裏書きされる。
3 第二引用例には、本件審決で触れているとおり、吸湿性たる乾燥樹脂を成形機で成形するに当たり、成形品の劣化防止や成形条件を一定に保つ目的で、ホツパードライヤーを乾燥樹脂の防湿、保温に使用することが記載されている。そして、本願発明の前記実施例2及び3におけるホツパードライヤーは、乾燥樹脂を特定の温度に保持する手段としてその温度か特定されたものであつても、保温手段であることに変りはないので、第二引用例の乾燥樹脂を保温する手段としてのホツパードライヤーに対応している。
ところで、第二引用例において、樹脂を乾燥後、ホツパードライヤーに投入する場合、何時の時点で、どのような状態でも、乾燥樹脂を投入しさえすれば、ホツパードライヤーは必ず防湿としての機能を発揮するというものではない。当然のことながら、乾燥樹脂を乾燥時の加熱温度が低下し、それに伴い水分を吸収し、その結果、実質的に乾燥効果を失つた状態でホツパードライヤーにより幾ら加熱保温しても、ホツパードライヤーは、防湿手段としての機能を発揮することとはならない。
即ち、第二引用例において、ホツパードライヤーを乾燥樹脂の防湿、保温に使用するということは、樹脂を乾燥後、ホツパードライヤーに投入する場合、乾燥時の加熱温度が可及的に低下しない内に、乾燥樹脂を速かに投入してこそ始めてホツパードライヤーが防湿手段としての機能を発揮することになることを意味することは明らかである。
したがつて、本件審決には、原告の主張するような第二引用例の記載事項の認定の誤りはない。
4 第三引用例には、本件審決で触れているとおり、乾燥したポリエステル重合体(熱可能性ポリエステル樹脂)を溶融成形するに当たり、溶融紡糸時に重合度が低下し劣化するのを防止、すなわち、成形品の劣化防止や成形条件を一定に保つ目的で、該乾燥樹脂をホツパー(ホツパードライヤー)に供給し、ホツパーから溶融押出装置(成形機の一部)に至る間特定の温度に保持することが記載されている。
そして、該ホツパーが、単なる乾燥樹脂の保温手段として用いるのではなく、防湿手段として用いられたものであることは、第三引用例の「本発明方法は、ホツパから溶融部に至るまでの間に存在する未溶融ポリエステル重合体が吸湿および酸素の吸着をおこすことを皆無とするために、該ポリエステル重合体を高温に保ちかつ含有水分の少ない不活性ガスを通気せしめるのである。」(甲第五号証二頁左欄六行から一〇行まで)との記載に徴し明らかである。また、該ホツパーが防湿手段として機能を発揮するためには、第三引用例の「ポリエステル重合体の溶融紡糸においてにいかに重合体の水分含有量を少なくするために乾燥を充分行つても乾燥を終了してから、溶融されるまでの間に若干の水分吸収が避けられない。これは乾燥を充分行えば行う程乾燥後の重合体の含有水分量は小さくなるから、逆に吸湿能力が増大し、乾燥後紡糸装置への供給操作、わずかな外気との接触などで吸湿が起る。」(甲第五号証一頁右欄一八行から二五行まで)との記載から、少なくとも樹脂を乾燥後可及的速かにホツパーに段入することが前提となつているものと認められる。
原告が、第三引用例の記載には乾燥されたPETがホツパー供給後に冷却される条件下にある旨摘示する記載個所を検討すると、第三引用例二頁左欄二四行から三一行までに「紡糸装置内のポリエステル重合体を加熱保温し、かつ不活性気体を通してシールするためにはたとえばスチーム、電熱線などの適当な加熱装置によつて、昇温せしめた不活性ガスを定常的にホツパ内に供給することによつて達成できるし、またはホツパの外壁を適当な加熱源によつて加熱し、ホツパへは常温の不活性気体を供給してもよく、これ以外のいかなる手段を用いてもさしつかえない。」と記載され、続いて、同欄三二行から右欄五行までの一例たる第1図の説明において、「乾燥されたポリエステル重合体5は供給口12からホツパ4に入れられる。これに先立つてホツパ内は窒素配管1から供給される乾燥された(乾燥装置は図示していない)常温の窒素ガスと、真空配管2とによつて内部の空気を窒素ガスに置検しておく。」との記載があるが、後段に「ホツパ4は二重鐵になつており、ヒータ13によつて加熱された熱媒3によつて内部のポリエステル重合体を好ましい温度に保つ。窒素供給管1から通気され、ホツパ押出装置内を充滿させた余分の窒素ガスは溶融装置11のすぐ近傍に設けられた排出口14を経て外部に放出される。」との記載がなされている。
これらの記載から、ホツパー内はポリエステル重合体を供給される前に内部空気を乾燥された常温の窒素ガスで置換されるが、ホツパーの熟媒も予めヒータによつて加熱され、かかるホツパーに乾燥されたポリエステル重合体を投入し好ましい温度に保ち、それから、ホツパー内に常温の窒素ガスを通気する例が窒うことができ、乾燥されたポリエステル重合体は常温の窒素ガス下に置かれ冷却される機会はないものと解される。
また、第三引用例の第1図を参照すると、ホツパー上部に位置する乾燥されたポリエステル重合体は、ホツパー頂部から通気される常温の窒素ガスに直接さらされ、特定の温度に保持されないかのようにみえる。しかしながら、第三引用例の実施例1には、「〔η〕が一・〇一六の乾燥したポリエチレンテレフタレート重合体を第1図のホツパに一〇〇kg仕込み、ホツパのジヤケツトにはダウサムE(〇-ジクロールベンゼン)を入れ、一五〇℃に加熱した。常温の窒素を1l/min通気して通常の溶融紡糸機で紡糸した。」との記載がある。この記載によれば、重合体に対する窒素ガスの通気量が極めて小さく、しかも、第1図の図面では、ホツパー内に仕込まれた重合体は顆粒状で張つている。このことから、ホツパー頂部からの窒素ガスは、たとえ常温であつても、ホツパー上部のポリエステル重合体を常温や特定温度一〇〇℃以下に冷却させるまでに至るどころでなく、それ以前に特定の温度範囲内に加熱均質化されるものと考えられる。
また、実施例1において、重合体、加熱温度、窒素ガスの通気量等が条件乃至結果として示されているが、この実施例の場合も、ホツパー内は、当然重合体が仕込まれる前に、予め窒素ガスで充満すると同時に、特定温度に加熱して置くものと認められる。
更に、第三引用例の一頁右欄三五行から四二行までに「本発明の方法を用いる場合は、溶融時に加水分解反応にあずからなかつた水分や外気との接触によつて吸収された水分は、一〇〇℃以上に昇温されてしかも水分の少ない不活性気体が流れている結果容易に不活性ガスによつて系外に放出され、滞留時間の長短にかかわらず、常に一定の重合度でかつきわめて重合度低下の少ない未延伸系を得ることが可能となる。」との記載があるが、この「水分は、一〇〇℃以上に昇温され」という文言は、乾燥終了後速かにホツパーへ投入されるポリエステル重合体の温度はともかく、如何にしても吸収が避けられない水分などの水分をもつて、特定の温度範囲の下限を設定した意義を説明すべく用いられたものと解され、第三引用例の一例に過ぎない第1図の例において、重合体がホツパー供給後に冷却条件下に置かれることを想定してまで前もつて該文言を用いたものとは到底解し得ない。
更にまた、右の第1図の例及び実施例1は、あくまでも一例であつて、第三引用例の前記昇温せしめた不活性ガスを定常的にホツパー内に供給する例については、もとより乾燥ポリエステル重合体がホツパー供給後に冷却される条件下にある例でないものと認められる。
したがつて、本件審決に、原告の主張する第三引用例の記載事項の認定の誤りはない。
5 樹脂成形材料を乾燥後から溶融成形するまでの間冷却することなしに加熱保温することが、前記3のとおり、第二引用例に開示されており、また、このことは周知事実である。
したがつて、本件審決に、原告の主張する周知事実の認定の誤りはない。
6 以上のとおり、原告主張の第二引用例の記載事項、周知事実及び第三引用例の記載事項の認定、これに基づき本願発明における温度保持なる技術構成を採択することは、格別発明力を要することではない旨判断した本件審決の認定判断に誤りはない。
三 認定判断の誤り第2点について
原告は、第三引用例につき本件審決が認定した温度がホツパーの原料供給部の温度を指すものでない旨の主張をしているが、その主張が失当であることは、前示二3で述べたとおりである。
したがつて、第三引用例に記載された特定の温度範囲が、本願発明に規定する特定の温度範囲とは無関係である旨の原告の主張は失当である。
四 認定判断の誤り第3点について
1 請求の原因四3(二)中、本件審決が、比較実施例1における、一旦、常温まで下げたPETを、一五〇℃のホツパードライヤーに投入する工程において、吸湿を積極的に避けるべき具体的手段が明示されていないから、製品の歩留まり五三%という原因が、ホツパー投入の際、PETが外気にさらされ吸湿した結果にあると判断していることは認める。
2 前記のとおり、本件審決に、原告の主張する第三引用例の記載事項の認定の誤りはない。
そして、本願発明の特有の作用効果とする、中空成形体の重量のばらつきを少なくし、成形時のドローダウンやピンチオフ部の白濁を防止し、ウエルド成形性に優れた中空成形体を高い製品留りで製造することを可能にする等は、本件審決が判断しているとおり、第二引用例及び第三引用例に記載された成形品の劣化の防止や成形条件を一定に保つ、という概念に包括される効果にしか避ぎない。
即ち、第一引用例のような中空体の製造方法に第二引用例及び第三引用例のホツパードライヤーによる乾燥樹脂の防湿手段を適用した結果もたらされた効果に相当するものである以上、特有な効果とはいえないのである。
このことは、また、本願明細書の実施例の記載で自認されている。即ち、実施例1では、樹脂の水分率がドローダウンやピンチオフ白濁に大きく関係することが記載され、実施例2では、後段の例(比較例)の「次に固有粘度の異なる数種のポリエチレンテレフタレートを同様にして水分率〇・〇一%以下に乾燥し、これを密封容器に保管し、常温になつてからホツパードライヤーを用いずに常温で成形機に投入した。製品歩留りが八〇%以上になるためには固有粘度一・八以上のポリエチレンテレフタレートが必要であつた。」との記載があり、実施例1の記載から、本願発明の樹脂乾燥後、成形機に投入される間の樹脂の温度保持は、少なくとも防湿手段として機能し、しかも、その効果も、防湿手段としての温度保持によりもたらされること、また、実施例2の後段の比較例の記載から、高分子の重合度又は分子量を表わす固有粘度(例えば、第一引用例の八頁参照)が、前記防湿手段としての温度保持により大きく低下するようなことはないということができる。そうすると、本願発明の樹脂を乾燥後、成形機に投入するまでの間温度保持することは、第二引用例及び第三引用例の乾燥樹脂をホツパードライヤーにより加熱保温する行き方と同じくし、また、その効果も、第二引用例及び第三引用例の樹脂の分解又は重合度の低下を防止し、もつて成形品の劣化を防止すること、成形条件を一定に保つことなどの概念としての効果に包括されることになる。
したがつて、本件審決の本願発明の効果の予測についての認定判断に誤りはない。
3 本願明細書の比較実施例1には「実施例1と同じポリエチレンテレフタレートを用い、3mmHgの減圧下で一六〇℃、四時間乾燥して水分率〇・〇一%とした。この乾燥樹脂の温度を密封容器に入れて一旦常温まで下げたのち、一五〇℃のホツパードライヤーに投入して同様に押出吹込成形を行なつたところ、製品歩留りは五三%であつた。実施例2と比べて樹脂温度を一旦下げることにより成形状態が悪化することがわかる。」と記載されており、この記載のようにポリエチレンテレフタレートを乾燥し、密封容器に入れて乾燥樹脂の温度を一旦常温に下げたのちホツパードライヤーに投入するとあれば、当然、密封容器そのままをホツパードライヤーに投入するということではなく、密封容器を開封しその中の常温のポリエチレンテレフタレートをホツパードライヤーに投入するということになることは疑問の余地のないところである。そして、このように乾燥され常温に下げられた極めて吸湿性の高いポリエチレンテレフタレートを密封容器から開封してホツパードライヤーに投入する際、吸湿を避けるべき具体的手段、例えば、乙第二号証の二に記載されているような一旦加熱する手段を講じていない限り、常温に下げられたポリエチレンテレフタレートは一時的にせよ外気にさらされ吸湿されることが避けられないものと認められるのである。
そして、製品の歩留り五三%という劣化をもたらした比較実施例1の結果をもつて、原告の主張するように、比較実施例1が、密封容器を開封し、ポリエチレンテレフタレートをホツパードライヤーに投入する際、当然、外気との接触により吸湿するような手段は避けているものと解するのが当業者の常識であつたのかどうか、また、その投入の際、ホツパーの投入部に、密封容器を逆転した状態で載置し開封する方法が当業者が任意の方法で実施しうるものであつたのかどうかは、何れも知らない。
したがつて、比較実施例1記載の製品の歩留り五三%という劣化の起因が、乾燥後のポリエチレンテレフタレートが一旦常温まで下げられたことにより吸湿した結果にあると解さざるを得ないのであり、この点に関する本件審決の認定判断に誤りはない。
ただし、本件審決で引用した第二引用例及び第三引用例のホツパードライヤーによる乾燥樹脂の加熱保温は、前述のとおり、本願発明の乾燥樹脂の温度保持の行き方と同じくするものであつて、比較実施例1のように乾橾樹脂を一旦冷却した上で加熱保温するところに本来的意義を有するものではない。
第四 証拠関係
証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 本願発明について
成立について当事者間に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の特許願に添附の明細書(以下「本願明細書」という。)には、本願発明の目的、構成、効果について、次の趣旨の記載があることが認められる。
1 目的
(一) 本発明は主たるくりかえし単位がエチレンテレフタレートである熱可塑性ポリエステル樹脂から形成される中空容器、管状物などの中空成形体を安定した状態で成形し、かつ優れた透明性および機械的特性を有する中空成形体を製造する方法に関するものである。(甲第二号証一頁1欄一六行から二一行まで)
(二) 一般にポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニルなどから吹込成形法などにより中空成形体をつくることは知られている。しかしポリエチレン、ポリプロピレンからなる中空成形体は、酸素、炭酸ガスなどのガス透過率が大きく、かつ不透明であり、内容物の保存性、商品価値の上から、その用途には自ずと制限を受けている。またポリスチレンからなる中空成形体は極めて透明性が優れているが、可撓性が小さく、割れ易く、通常の溶剤に膨潤、溶解する欠点があり、またガス透過性も大きい。
さらにポリ塩化ビニルからなる中空成形体は透明でガス遮断性も比較的優れているが、耐熱性に劣ること、使用する可塑剤や残存モノマーが人体衛生上悪影響を及ぼすことが問題となつている。(甲第二号証一頁1欄二二行から2欄一一行まで)
(三) 總状飽和ポリエステル、特にポリエチレンテレフタレートは、その優れた機械的特性および化学的特性のため広く繊維用、フイルム用に使用されており、これらの特性を活かすことにより、容器、チユーブ、パイプなどの中空品成形用素材として注目されている。しかしながらポリエチレンテレフタレートは上記のような優れた特性を有する反面、溶融成形性という融点からみると、融点が高く、かつ溶融粘度のずり速度依存性が小さく、溶融粘度の温度依存性が大きいという性質、および溶融時に分子量低下を起こしやすいという性質に由来して、特に溶融体の安定性が重要な成形因子となる中空成形体を安定した状態で成形することが困難であるという欠点を有している。(甲第二号証一頁2欄一二行から二頁3欄一行まで)
(四) これらの欠点は具体的には例えば吹込成形により客器を成形する際、溶融パリソンのドローダウンが大きく、パリソンを吹込金型に安定した状態で供給することができなかつたり、得られる容器のウエルド成形性が不十分であつたり、ピンチオフ部のような肉厚部分が結晶化により白濁したり、個々の容器重量のばらつきが大きくなつたりすること、また管状物の場合には形状の均一性(「約一性」とあるのは「均一性」の誤記と認める。)が劣ることなど製品として致命的な欠陥を需起することになる。さらに得られる中空成形体の実用性能面では耐衝撃強度の向上を要求される場合が多い。これらの中空成形体の成形は主として経済的な理由から発生する製品として不要な部分や不良品などのスクラツプを粉砕して原料に混入して再使用することが一般に行われているが、このような態合には上述の問題点はさらに一段(「一般」とあるのは「一段」の誤記と認める。)と顯在化してくる。かかる欠点に対して樹脂の重合度を大きくすることによつて溶融安定性を向上する試みもなされているが、この場合には当然のことながら樹脂価格は高価になり、また成形機にかかる負荷も大きくなるので吐出状態が不安定となり、吐出能力は減少し生産性の低下を引起こすことになる。(甲第二号証二頁3欄一行から二三行まで)
(五) 本発明者らはかかる観点から、前記したポリエステル以外の樹脂からなる中空成形体の欠点を解消し、かつ必要最小限の重合度を有する熱可塑性ポリエステル樹脂を用いて実用由に満足し得る成形性と、優れた特性を有する中空成形体を得ることを目的として、……本発明に到達した。(甲第二号証二頁3欄二四行から三五行まで)
2 構成
(一) 前記請求の原因二(本願発明の要旨)のとおりの特許請求の範囲
(二) 本発明の第二の構成要件は前記可塑性ポリエステル樹脂は水分率〇・〇三%以下、好ましくは〇・〇一%以下に乾燥処理されねばならないことである。乾燥処理には静置式または移動式の熱風乾燥法、高温不活性ガス乾燥法、減圧乾燥法など公知の乾燥方法を採用することができる。ポリエチレンテレフタレートの場合、一般に乾燥温度は約一三〇~一九〇℃、乾燥時間は約二~三時間以上が適用される。乾燥処理された熱可塑性ポリエステル樹脂中の水分率が〇・〇三%以上の場合には溶融成形時の成形性が非常に低下する。(甲第二号証二頁4欄二八行から三八行まで)
(三) 本発明の第三の構成要件は前記のように乾燥処理された熱可塑性ポリエステル樹脂を、乾燥後、成形機に投入するまでの間、(該熱可塑性ポリエステル樹脂の融点マイナス五〇℃)以下の温度、かつ一〇〇℃以上の温度に保持し、この状態で成形機に投入することであるここで熱可塑性ポリエステル樹脂の温度が(該熱可塑性ポリエステル樹脂の融点マイナス五〇℃よりも高い場合は、吐出状態が不安定となり満足な中空成形体を得ることができない。また該熱可塑性ポリエステル樹脂の温度が一〇〇℃以下の場合には、溶融体の安定性が小さく、例えば押出吹込成形の場合ドローダウンが大きいなどのトラブルが発生し、また得られる成形体の特性面(「特性面」とあるのは「特生面」の誤記と認める。)では肉厚部の白濁、耐衝撃強度不足などの欠点を生じやすい。乾燥後、成形機に投入されるまでの間、(該熱可塑性ポリエステル樹脂の融点マイナス五〇℃)以下の温度、かつ一〇〇℃以上の温度に保持し、この状態で成形機に投入することは、乾燥後、上記温度範囲内で直ちに成形機に投入してもよく、また乾燥後一旦ストツクしてから成形機に投入する場合にはストツク中も上記温度範囲内に保持しなければならないことを意味している。(甲第二号証二頁4欄四一行から三頁5欄一八行まで)
3 効果
前記した各種の構成要件を満足させて溶融成形することにより、熱可塑性ポリエステル樹脂からなる通常の押出吹込成形法、……コールドパリソン法、射出吹込成形法および……延伸吹込成形法などからなる中空容器、パイプ、押出し成形によるチユーブ、パイプなどの管状体などの中空成形体をスクラツプの再使用も考慮して実用的に満足し得る成形状態を得ることができ、かつ均一性が良く、透明性、外観、耐衝撃強度の優れた中空成形体を得ることができる。(甲第二号証三頁5欄二四行から三六行まで)
三 認定判断の誤り第1点について
1 成立について当事者間に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、ホツパードライヤについて、「射出成形に使用される材料は、程度の差こそあれいずれも吸湿する。吸湿した材料での成形は製品にシルバーストリーク、気泡の発生などの外観上の不良や、樹脂の分解による強度低下を生じさせたりする。ホツパドライヤはかんたんな乾燥で済むような樹脂の乾燥とか、オーブンで乾燥した樹脂の防湿、保温、あるいは高融点樹脂の予備加熱などに使用される。含水率を非常に小さな値にしなければならない樹脂の乾燥は、オーブンによらなければならないが、一般には乾燥不要と思われている材料でも、多少でも水分の影響が製品にでそうなものには、ホツパドライヤを使用することが望ましい。これにより製品の品質を安定させるとともに、成形条件を一定に保つことができる。」との記載があることが認められる。
また、右甲第四号証によれば、第二引用例には、オーブンで乾燥された樹脂のオーブン払い出しからホツパードライヤ投入までの温度履歴について直接にはなんら言及されていないことが認められる。
右認定によれば、射出成形に使用される材料は、程度の差こそあれいずれも吸湿するものであり、吸湿した材料での成形は製品にシルバーストリーク、気泡の発生などの外観上の不良や、樹脂の分解による強度低下を生じさせたりするので、製品の品質を安定させるとともに、成形条件を一定に保つ目的で、含水率を非常に小さな値にしなければならない樹脂の乾燥にはオーブンが使用され、そのようにしてオーブンで乾燥した樹脂の防湿、保温にホツパードライヤが使用される場合のあることが第二引用例に記載されているものと認められる。
そして、右の場合樹脂の乾燥にオーブンが使用される以上、加熱による乾燥を前提としているものと認められるところ、第二引用例には、オーブンで乾燥された樹脂のオーブン払い出しからホツパードライヤ投入までの温度履歴について直接にはなんら言及されていないことは前記のとおりであるから、オーブンで加熱し乾燥した後、必ず一且冷却するものとの記載もなく、前記の第二引用例の記載は、オーブンで加熱乾燥した樹脂を引き続きホツパードライヤで防湿のため保温する場合を含むことは明らかである。
2 請求の原因四1(四)中、第三引用例記載の技術が、PETを溶融紡糸するに際して、水分率〇・〇二%以下に乾燥したPETをホツパーに供給し、ついで、溶融押出装置に至る間のPETを、一〇〇℃以上、PETの融点より一〇℃低い温度に保持し、かつ紡糸装置の溶融部に向かつて、乾燥された不活性気体をPET一kg当たり四cc/分以上通気することを特徴とするPET繊糸の紡糸方法であること、この方法によれば、溶融時に加水分解反応にあずからなかつた水分や、外気との接触によつて吸収された水分を、一〇〇℃以上に昇温されて、しかも、乾燥された不活性気体を通気することによつて系外に放出し、常に一定の重合度で、かつきわめて重合度低下の少ない未延伸糸を得ることを可能ならしめるものであることが明示されていること、この点について、第三引用例の第1図を参照しながら説明すると、乾燥されたPETは供給口12からホツパー4に供給されること、これに先立つて、ホツパー内は乾燥された常温の窒素ガス(不活性気体)によつて置換され、前記乾燥されたPETが供給されること、ホツパー内に供給されたPETは自重によつて落下し、スクリユー7によつて溶融紡糸装置11に導かれて溶融し、口金9を通つて未延伸糸となること、この第三引用例の溶融紡糸法において重要なことは、一〇〇℃以上、PETの融点より一〇℃低い温度に加熱するのはどの時点であるかということであつて、第三引用例には、「ホツパーより溶融押出装置に至る間」の重合体を前記特定の温度に加熱することを規定していることは当事者間に争いがない。
成立について当事者間に争いのない甲第五号証によれば、第三引用例には、次のような認載のあることが認められる。
(一) 本発明はポリエステル織糸の紡糸方法に関するものであり……重合度が高く、したがつて溶融紡糸時の劣化の少ない、また均一性のきわめて良好な未延伸糸を製造することを目的としている。(甲第五号証一頁左欄発明の詳細な説明の欄一行から八行まで)
(二) 一般にポリエステルは溶融紡糸時にポリマの劣化を生じる。すなわち重合度が低下し、カルボキシル末端基量の増大をきたす。……ポリエステルが主として産業用繊維として用いられる際に、破断強度ないし破断エネルギーが大であることが要求される……したがつて産業用繊維として用いられるポリエステル繊糸の製造に対しては高重合度の原料ポリマを用い、これを可能なかぎり劣化させないで溶融紡糸することが必要となる。(甲第五号証一頁左欄発明の詳細な説明の欄一三行から右欄九行まで)
(三) ポリエステル重合体の溶融紡糸においてはいかに重合体の水分含有量を少なくするために乾燥を充分行つても乾燥を終了してから、溶融されるまでの間に若干の水分吸収が過けられない。これは乾燥を充分行えば行う程乾燥後の重合体の含有水分量は小さくなるから、逆に吸湿能力が増大し、乾燥後紡糸装置への供給操作、わずかな外気との接触などで吸湿が起こる。溶融時の含有水分は通常その全量が溶融時の加水分解によつて消費されないで一部は水蒸気の形で未溶融重合体に再び吸収される。さらに紡糸装置内で未溶融状態で滞留する間に、紡糸装置の気密性が充分でないと外気中の水分の吸収がひきつづき行われる結果、溶融紡糸された未延伸糸の重合度は未溶融状態で滞留する時間の大小に対応して、長いものは重合度が低く、短いほど重合度が大となりかなりの不均一性を、生じる。(甲第五号証一頁右欄一八行から三四行まで)
(四) 本発明者らの研究によれば、〔η〕〇・七以上の含有水分率〇・〇二以下の乾燥されたポリエステル重合体を溶融紡糸するに際して、該重合体を紡糸装置の溶融部に至るまで、一〇〇℃以上であつて該重合体の融点より一〇℃低い温度に保ちかつ紡糸装置の溶融部に向かつて乾燥された不活性気体を該重合体一kg当り四cc/min以上通気することにより上記の目的が達成されることが判明した。(甲第五号証一頁右欄一〇行から一七行まで)
前記ホツパーより溶融押出装置に至る間の前記重合体を一〇〇℃以上該重合体の融点より一〇℃低い温度に保持し、かつ、ホツパーより供給され溶融押出装置への重合体通路を経て溶融押出装置より排出される乾燥された不活性気体を前記重合体一kg当り四cc/min以上通気することを特徴とするポリエステル繊糸の紡糸方法。(甲第五号証三頁下欄「記」の欄四行から七行まで。補正後の特許請求の範囲の一部。)
(五) 本発明の方法を用いる場合は、溶融時に加水分解にあずからなかつた水分や外気との接触によつて吸収された水分は、一〇〇℃以上に昇温されてしかも水分の少ない不活性気体が流れている結果容易に不活性ガスによつて系外に放出され、滞留時間の長短にかかわらず、常に一定の重合度でかつきわめて重合度低下の少ない未延伸糸を得ることが可能となる。(甲第五号証一頁右欄三五行から四二行まで)
(六) 通常ポリエステルの溶融紡糸装置には、乾燥して含有水分率を小さくしたポリエステル重合体を貯留しつつ連続的に溶融装置に該重合体を供給するためのホツパーを用いる。
本発明の方法は、ホツパーから溶融部に至るまでの間に存在する未溶融ポリエステル重合体が吸湿および酸素の吸着をおこすことを皆無とするために、該ポリエステル重合体を高温に保ちかつ含有水分の少ない不活性ガスを通気せしめるのである。……紡糸装置内のポリエステル重合体を加熱保温し、かつ不活性気体を通してシールするためにはたとえばスチーム、電熱線などの適当な加熱装置によつて、昇温せしめた不活性ガスを定常的にホツパー内に供給することによつて達成できるし、またはホツパーの外壁を適当な加熱源によつて加熱し、ホツパーへは常温の不活性気体を供給してもよく、これ以外のいかなる手段を用いてもさしつかえない。(甲第五号証二頁左欄二行から三一行まで)
また、前記甲第五号証によれば、第三引用例には、ポリエステル重合体の乾燥の方法、ホツパーに入れられるまでのポリエステル重合体の温度履歴については明らかには記載されていないことが認められる。
3(一) 第一引用例に、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート)から射出吹込成形方法で中空体を製造するに当り、真空下約一二〇℃で水分含有量〇・〇一重量%以下に乾燥させたポリエチレンテレフタレートを射出吹込に仕込むことが記載されていることは当事者間に争いがない。
成立について当事者間に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、ポリエチレンテレフタレートの乾燥について、「顆粒化し、既知の方法で〇・〇一重量%以下の湿気含有にまで乾燥する。」(甲第三号証八頁右下欄一五行から一六行まで)との、各実施例における顆粒の乾燥について、「真空下、温度約一二〇℃で真空振盪乾燥器中での乾燥によつて水分含有量〇・〇一重量%以下にする。」(甲第三号証一一頁左上欄一九行から右上欄一行まで、同頁右下欄三行から五行まで他)旨の、各記載があることが認められる。
(二) 前記二(本願発明について)2(二)に認定のとおり、本願明細書には、「乾燥処理には静置式または移動式の熱風乾燥法、高温不活性ガス乾燥法、減圧乾燥法など公知の乾燥方法を採用することができる。ポリエチレンテレフタレートの場合、一般に乾燥温度は約一三〇~一九〇℃、乾燥時間は約二~三時間以上が適用される。」旨の記載がある。
(三) 原本の存在及び成立について当事者間に争いのない乙第二号証の一ないし三(古川孝志着「ポリカーボネート樹脂」株式会社工業調査会一九七一年二月一〇日発行)によれば、同書には、ポリカーボネート樹脂の射出成形について、次のような記載があることが認められる。
(1) 成形品の外観は吸湿率が大きい場合、銀条の発生、気泡の発生となつてあらわれる。これは含まれている水分が気化したもの、および加水分解によつて生じた炭酸ガス、一酸化炭素などのガス体が樹脂内に多量に含まれているからである。成形品の外観だけから判断すると、ペレツトの吸湿率は〇・〇五%以下でなければならないことになる。以上のことからポリカーボネートを成形するさい、あらかじめ乾燥することは良品質の成形品を得るうえで重要な工程であることがわかる。ポリカーボネートの大気中での平衡吸水率は〇・一五%であるが、これを成形にさき立ち〇・〇二%以下に乾燥する必要があるが、以下予備乾燥の方法およびホツパー内での吸水防止について説明する。
(2) 普通樹脂メーカーでは吸水率〇・〇一五%以下に乾燥したペレツトを金属缶に密閉包装して市販している。このようなものは予備乾燥を必要としない。しかしこのように、極度に吸湿率の低いものは空気中にさらされると非常に急速に吸湿してしまうので、ペレツトを一一〇~一二〇℃に加熱して吸湿を防止しなければならない。
(3) 樹脂メーカー側のペレツト包装状熊に二通りあり、ひとつは先に述ぺた密封缶式であり、もうひとつは、大口需要の場合の紙袋形式の包装である。このような紙袋式の場合や、あるいは密閉缶でも一度開缶し大気中に放置されたペレツトは一応平衡吸水率(〇・一五%)まで吸湿していると考えられるので十分予備乾燥する必要がある。その場合の乾燥条件は、真空乾燥では、一二〇℃で四時間乾燥すればよく、また普通の熱風乾燥機では、表3・4に示したように、空気中の湿度の多少に応じて乾燥所要時間を選択すればよい。(表3・4には、温度一二〇℃で、初期含水率〇・一五%から到達含水率〇・〇一五%まで乾燥するのに要する時間が室温別・湿度別に示されている。)
(4) 乾燥されたポリカーボネートを室温空気中に放置すると急速に吸湿する。……湿度の高い場合は五分、低い場合でも一五分以上経過すると乾燥効果が失われるので、成形機ホツパーには必ずホツパーヒーターまたはそれに類似の装置を取付けねばならない。……ホツパー内の温度は一二〇℃以上に保つか、あるいは一〇〇℃位で一時間以内に使用し得る量だけホツパーに投入する必要がある。
4 前記1及び3に認定の事実によれば、射出成形においてシルバーストリーク、強度低下を防ぎ、製品の品質を安定させると共に成形条件を一定に保つため、材料となる熱可塑性ポリエステル樹脂等の樹脂材料を成形機のホツパーに投入する前に乾燥すること及びその乾燥の方法には種々あるが、いずれも一二〇℃ないし一三〇℃に加熱するものであることは、本願出處当時、当業者に周知の技術事項であつたものと認められる。
また、前記1、2、3(三)に認定の事実によれば、右と同じ目的で、成形機のホツパーに投入された後溶融成形されるまでの樹脂材料を一〇〇℃以上あるいは一二〇℃程度に保温して吸湿を防止すること、逆の面からいえば、一旦乾燥した樹脂材料も溶融成形されるまでの間一〇〇℃以上に保温しなければ吸湿することも、本願出願当時、当業者に周知の技術事項であつたものと認められる。
そうすると、射出成形の材料となる熱可塑性ポリエステル樹脂等の樹脂材料を一二〇℃ないし一三〇℃に加熱して乾燥してから、溶融成形されるまでの樹脂材料を防湿のため一〇〇℃以上に保温することのできる成形機のホツパーに投入するまでの間も吸湿を防止する必要があること及びその方法として乾燥終了後、ホツパーへ投入されるまでの間、樹脂材料を一〇〇℃以上に保温することも、本願出願当時、当業者に周知の技術事項であつたものと認められる。
5 右4に認定した本願出願当時の周知の技術事項を前提とし、前記1に判断したことも考慮して第二引用例を見れば、第二引用例には、オーブンで加熱乾燥した樹脂成形材料を成形機のホツパードライヤに投入するまでの間にも一〇〇℃以上に保温し、防湿乾燥維持することが示唆されているものと理解することができる。
また、右4に認定した本願出願当時の周知の技術事項を前提として、第三引用例を見れば、前記2(四)、(五)、(六)に認定した第三引用例の記載には、加熱乾燥した熱可塑性ポリエステル樹脂を溶融紡糸装置のホツパーに投入までの間にも一〇〇℃以上に保温し、防湿乾燥維持することが示唆されているものと理解することができる。
6 右4に認定した本願出願当時の周知の技術事項、5に認定した第二引用例及び第三引用例に示唆されている事項からすれば、本願発明における温度保持の技術構成を採用することは格別の発明力を要することとはいえず、これと同じ趣旨である前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(一)の判断に誤りはない。
7(一) 原告は、第二引用例には、乾燥した樹脂成形材料を、乾燥後成形機に投入するまでの間、冷却することなく連続して特定温度に保持し続けることについては何ら記載も示唆もされていない旨主張するが、この主張は右5に判断したところにより採用できない。
(二) 原告は、第三引用例における加熱とは、乾燥後のPETを成形機に投入する際も引続き加熱することを意味するものではなく、乾燥後に吸収された水分を系外に放出するために、ホツパー下部から溶融押出装置に至る間、つまり、溶融する前のPET(このPETはホツパー供給後、一旦冷却されうる条件下にある)を特定の温度に加熱することを意味し、しかも、同時に乾燥された不活性気体を通気することによつて、吸取された水分を系外に放出することを目的としている旨及び第三引用例には、水分率〇・〇二%以下に乾燥されたPETを溶融紡糸するに際して、PETを紡糸装置の溶融部に至るまで、特定の温度に保持するとともに乾燥された不活性ガスを通気することにより、外気との接触によつて吸収された水分を系外に放出することが記載されているにすぎない旨主張する。
しかし、前記4認定の樹脂材料を成形機のホツパーに投入する前に乾燥する方法には種々あるが、いずれも一二〇℃ないし一三〇℃に加熱するものであり、一旦乾燥した樹脂材料も溶融成形されるまでの間一〇〇℃以上に保温しなければ吸湿するという当業者に周知の技術事項を前提として第三引用例を見れば、前記2(三)認定の、乾燥後のポリエステル重合体の、紡糸装置への供給操作、わずかな外気との接触などで吸湿が起こること、溶融時の含有水分は通常その全量が溶融時の加水分解によつてされないで一部は水蒸気の形で未溶融重合体に再び吸収され残存していること、紡糸装置内で未溶融状態で滞留する間に、外気中の水分の吸収が引き続き行われること等の問題点を解決するために、前記2(四)認定の、ホツパーより溶融押出装置に至る間のポリエステル重合体を一〇〇℃以上該重合体の融点より一〇℃低い温度に保持するという構成を採用している以上、第三引用例における、ポリエステル重合体がその温度を保持するホツパーより溶融押出装置に至る間とは、原告主張のようなホツパー下部から溶融押出装置に至る間ではなく、文言のとおり、ホツパー上部を含むホツパー内部全体から溶融押出装置に至る間をいうものと認められる。
原告は、第三引用例に、ホツパー上部から常時供給される窒素ガス(不活性気体)が常温のものでもよいことが明記されていること、乾燥したPETを供給する直前に、常温の不活性気体でホツパー内を置換しておくとの記載があることを理由に、ポリエステル重合体を前記の温度に保持するのはホツパー下部から溶融押出装置に至る間であると主張する。
しかし、前記甲第五号証及び前記2(五)、(六)認定の記載によれば、常温の不活性気体とは予め昇温させてないとの趣旨であり、乾燥したPETを供給する直前に常温の不活性気体でホツパー内を置換しておくとに、乾燥したPETを供給するに先立つて、予め昇温させてない不活性気体でホツパー内を置換しておくというに過ぎず、むしろ、第三引用例には、「昇温せしめた不活性ガスを定常的にホツパ内に供給することによつて達成できる」(前記2(六)参照)との記載がある点及びホツパーの内部ばヒーターによつて加熱された熱源によつてポリエステル重合体を好ましい温度に保つ構造とされている点からみて、ホツパー内に供給されたPETの温度を一旦低下させる結果となることが示されているとは到底考えられないから当然ホツパー内の重合体が前記の温度を保持できるように、PETが投入される前にホツパー内の置換された不活性気体を加熱し、常時供給される常温の不活性気体がホツパー内のPETを所定の温度の範囲より低下させないように、ホツパーの加熱装置の加熱の程度、不活性気体の供給の程度を譲節するものと認められるから、原告の主張は採用できない。
(三) 原告は、乾燥した樹脂成形材料を乾燥後から溶融成形するまでの間冷却することなしに加熱保温することは周知の事実ではない旨主張するが、この主張は右4に判断したところにより採用できない。
8 よつて、原告が認定判断の誤り第1点として主張するところはいずれも理由がない。
四 認定判断の誤り第2点について
1 本願発明において、温度保持の温度を、(該熱可塑性ポリエステル樹脂の融点マイナス五〇℃)以下の温度、かつ一〇〇℃以上と規定している点については、右温度範囲は、第三引用例に記載された加熱保温の温度を一〇〇℃以上、樹脂の融点より一〇℃低くするという温度範囲に含まれるものであるから、何ら特異性がなく、実験的に適宜求められる程度のものと認められ、これと同旨の請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(二)の本件審決の認定判断は正当である。
2 原告は、第三引用例に記載された、「一〇〇℃以上、PETの融点より一〇℃低い温度」とは、ホツパーに供給されたPET中に吸収されている水分を系外に放出させるために乾燥した不活性気体を通気させながら加熱する温度、すなわち、ホツパーから溶融押出装置に至る間の加熱条件を意味するもので、ホツパーの原料供給部の温度を指すものではなく、第三引用例に記載された温度範囲は、本願発明に規定する温度範囲とは無関係である旨主張する。
しかし、前記三(認定判断の誤り第1点について)7(二)に判断したとおり、第三引用例における、ポリエステル重合体がその温度を保持するホツパーより溶融押出装置に至る間とは、原告主張のようなホツパー下部から溶融押出装置に至る間ではなく、ホツパー上部を含むホツパー内部全体から溶融押出装置に至る間をいうものであり、また、ポリエステル重合体が紡糸装置内で未溶融状態で滞留する間に、外気中の水分の吸収が引きき行われることも第三引用例記載の発明の解決すべき問題点とされていたもので、前記三(認定判断の誤り第1点について)2(六)に認定したとおり、第三引用例には、「本発明の方法は、ホツパから溶融部に至るまでの間に存在する未溶融ポリエステル重合体が吸湿および酸素の吸着をおこすことを皆無とするために、該ポリエステル重合体を高温に保つ」旨の記載がある。
更に、第三引用例の記載が、加熱乾燥した熱可塑性ポリエステル樹脂を溶融紡糸装置のホツパーに投入するまでの間にも一〇〇℃以上に保温し、防湿乾燥維持することが示唆されているものと理解することができることは、前記三(認定判断の誤り第1点について)5に判断したとおりである。
したがつて、第三引用例記載の温度範囲が本願発明に規定する温度範囲とは無関係ということはできない。
本願発明の温度保持のための温度範囲が、第三引用例の記載から実験的に求められるものであるとの本件審決の認定判断に原告主張の誤りは認められない。
五 認定判断の誤り第3点について
1 前記二(本願発明について)3認定の本願明細書の記載によれば、本願発明の各種の構成要件を満足させて溶融成形することにより、熱可塑性ポリエステル樹脂からなる中空成形体の製造に際し、実用的に満足し得る成形状態を得ることができ、均一性が良く、透明性、外観、耐衝撃強度の優れた中空成形体を得ることができる効果を奏するものと認められる。
そして、前記二1及び2認定の本願明細書の記載によれば、右に本願発明の効果として挙げられている、実用的に満足し得る成形状態を得ることができるとは、例えば、溶融パリソンのドローダウンが大きいためパリソンを吹込金型に安定した状態で供給できないということがないこと、ウエルド成形性が不十分であるということがないことをいい、均一性が良いとは、例えば、個々の容器の重量のばらつきが大きくないこと、管状物の場合に形状に均一性があることをいい、透明性が優れたとは、例えば、ピンチオフ部のような肉厚部分が結晶化により白濁しないことをいい、外観が優れたとは、例えば、右のようなウエルド成形性が不十分であるために外観に現れる瑕疵がなく、管状物の場合に形状に均一性があり、肉厚部分が結晶化により白濁せず透明性に優れていることをいい、耐衝撃強度が優れたとは、文言のとおり外力による衝撃に対する強度が強いことをいうものと認められる。
2 前記三(認定判断の誤り第1点について)1認定の第二引用例の記載によれば、第二引用例には、射出成形に使用する材料をオーブンで乾燥しホツパードライヤで防湿、保温することにより、成形された製品にシルバーストリーク、気泡の発生などの外観上の不良、樹脂の分解による強度低下を防止し、製品の品質を安定させ、成形条件を一定に保つことができるという効果を奏することが記載されているものと認められる。
そして、右第二引用例記載の効果の内、成形条件を一定に保つことができることは、本願発明の効果として挙げられた実用的に満足し得る成形状態を得ることができることに相当し、製品の品質を安定させることは、本願発明の効果として挙げられた均一性が良いことに該当し、外観上の不良を防止することは、本願発明の効果として挙げられた、透明性、外観が優れたことに相当し、強度低下を防止することは、本願発明の効果として挙げられた耐衝撃強度が優れたことに相当するものと認められる。
3 前記三(認定判断の誤り第1点について)2認定の第三引用例の記載によれば、第三引用例には、第三引用例記載の紡糸方法により重合度が高く、劣化の少ない、均一性のきわめて良好なポリエステル繊糸の溶融紡糸を行える効果を奏する旨の記載があることが認められる。
そして、第三引用例に記載された、重合度が高く劣化の少ないポリエステル繊糸の溶融紡糸ができるという効果は、本願発明の、実用的に満足し得る成形状態を得ることができ、均一性が良く、透明性、外観、耐衝撃強度の優れた中空成形体を得ることができる効果、特に、実用的に満足し得る成形状態を得ることができるという効果を示唆するものと認められる。
4 右1ないし3に認定判断したところによれば、本願明細書に記載された本願発明の効果は、いずれも第二引用例及び第三引用例の記載から予測できるものと認められ、これと同旨の請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(三)のとおりの本件審決の認定判断に誤りはない。
5 請求の原因四3(二)中、本件審決が、比較実施例1における、一旦、常温まで下げたPETを、一五〇℃のホツパードライヤーに投入する工程において、吸湿を積極的に避けるべき具体的手段が明示されていないから、製品の歩留まり五三%という原因が、ホツパー投入の際、PETが外気にさらされ吸湿した結果にあると判断していることは当事者間に争いがない。
原告は、本件審決の右判断が誤りであると主張するが、前記三(認定判断の誤り第1点について)において判断したとおり、本願出願当時の周知の技術事項、第二引用例及び第三引用例に示唆されている事項からすれば、本願発明における温度保持の技術構成を採用することは格別の発明力を要することとはいえず、また、右1ないし4に判断したとおり、本願発明の効果は、いずれも第二引用例及び第三引用例の記載から予測できる程度のものである以上、比較実施例1についての本件審決の前記判断が誤つていたとしても、本願発明は第一引用例ないし第三引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないとの本件審決の結論の正当性を左右するものではないから、原告の右主張については判断する必要がない。
六 よつて、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)